Honda FC
宇留野さん Jリーグから声がかからなかったので、進む先を決めなければいけないとなったときに、大学進学か社会人チーム加入かという話になりました。
ただ、自分としてはプロ志向があったので、大学よりはプロ入りを目指している社会人チームに気持ちが向いていました。
そんな中で前年度にJFLで優勝していて、Jリーグ入りを目指すと公言していたHondaFC(当時は本田技研工業サッカー部)から声をかけてもらえたので、そのまま入団を決めた形です。
Honda FC
本田技研工業株式会社は乗用車や二輪車などで有名なあのHondaのことですが、そのHondaが運営している実業団チームがHondaFCです。

元々は「本田技研工業サッカー部」でしたが2002年に「本田技研工業フットボールクラブ」に改名、そのタイミングで呼称をHonda FCとしています。
宇留野さんは両方の時代に所属していたので、本記事ではHondaFCで統一します。
サポサポ ただその後、すぐにHondaFCはJリーグ入りを断念していますね。
宇留野さん 入団が決まってすぐのことでしたね。
チームにも最初はプロとして入る予定でしたが社員選手として入ることになりました。
とりあえず社員として入って、次を狙っていこうと。
サポサポ そこで安間さんと会ったわけですね。
宇留野さん そうですね、まだ安間さんも現役でした。
サポサポ あとは長澤徹さんとも出会っています。
宇留野さん ちょうど引退してコーチ1年目でしたね。
長澤徹(てつ)
ジュビロ磐田に前身のヤマハ発動機の時代から所属、その後にHondaFCでもプレーをしたDFでした。
引退後はFC東京の下部組織やジュビロ磐田ので代行監督などをつとめ、現在(2016年)はファジアーノ岡山で監督を務めています。
サポサポ HondaFCでの出会いといては、この二人が大きかったんでしょうか。
宇留野さん 特に徹さんですね。今でも連絡をくれます。
僕は徹さんがいなかったら、サッカー選手どころか人間としても全然ダメだったと思います。
サポサポ そんなレベルで影響を受けていたんですね。
宇留野さん そうですね、今の自分はなかったと思うし、多分サッカーを辞めていたと思います。
HondaFCに入ったばかりの頃は「試合に出られないなら辞めてしまっても同じかなと」と思ってしまうくらい、自分のことしか考えていない人間でしたから。
でも、徹さんはそんな若い人の目線に立って指導をしてくれました。
サポサポ なるほど、サッカーと人生の恩師ですね。
HondaFCではどういうサッカー生活を送っていたんでしょうか。
宇留野さん 実は安間さんが監督になるまで試合に出られなかったんですよ。
練習も、ほとんど徹さんと二人でやっている感じでした。
全体練習が終わってからが、自分の中の練習でした。紅白戦にも出られませんでしたし。
最初の2、3年はそんな感じでしたね。
そうしているうちに安間さんが監督になりました。
安間さん自身が現役の頃から、僕のことを評価してくれたので監督になったらすぐに使ってもらえました。
サポサポ 宇留野さんの評価は高かったと思います。だからこそヴァンフォーレにも呼んだわけですし。
宇留野さん そうですよね。
ただ、今にして思えば、そんな使ってもらえない辛い時期があったからこそ上手くなったのではないかと思います。
逆に高校からすんなり入っていたら、そうはならなかったんじゃないかと今でも思います。
サポサポ 長澤さんにはどんな影響を受けましたか。
宇留野さん 最初のころは僕が「なんで出れないの」って感じでしたからね。現実と思いが正反対で自信だけはあったので。
そんな時期に徹さんがうまくそのギャップを埋めてくれました。
サポサポ ヴァンフォーレに入る人ってそういう経験をしている人が多いと聞いています。
須藤さんもそうでした。
宇留野さん 大ちゃんなんて、ホントにもう雑草魂がハンパないですからね。
正直なところ、大ちゃんはプロになると思っていなかったんですよ。
進学した大学もサッカーが強いところではなかったんですが・・・そういうときにも一人で頑張っていたんですよね。
それで最終的にプロになって活躍しているわけですから、気持ちの部分が強いですよね。
サポサポ 須藤さんも「ヴァンフォーレに来る人はみんな挫折を味わっているから強い」と言っていました。
宇留野さん そうですよね。新とかもそうですよね。病気で出られなかったり。
臣(山本英臣)や太郎も、全然出場できなくて甲府に来て。
そういった人達を大木さんが上手くすくい上げてくれたんですよね。
山本英臣
長くヴァンフォーレ甲府に在籍し、MF、SB、DFなどを経験し、現在(2016年)はCBのポジションで守備の要として活躍しています。
キャプテンも長く務めているチームを支える重要な選手の一人です。
サポサポ 当時からと言うと津田(津田琢磨)さんや保坂(保坂一成)さんもまだ現役でやってますね。
津田琢磨
DFとして長くヴァンフォーレ甲府に在籍しているベテラン選手です。
途中出場でもパフォーマンスを落とさずに流れに乗る事ができる試合巧者です。

一年だけ愛媛FCの所属していました。
(完全移籍で愛媛に行き、完全移籍で戻ってきました)
保坂一成
MF、特にボランチとして長くヴァンフォーレ甲府に在籍しているベテラン選手です。
地味な黒子的な役割をしつつ、シュートも狙いに行くタイプの選手です。

保坂の年一と言われるたまに放つとんでもないシュートもサポーターの中では有名です。
一年だけファジアーノ岡山に所属していました。
(完全移籍で岡山に行き、完全移籍で戻ってきました)
宇留野さん 僕達の中で彼らはカムバック組って呼ばれてるんですよ、ほっしゃん(保坂)と琢磨(津田琢磨)って。
サポサポ 1年で完全移籍して戻るってくるってなかなかないですからね。
宇留野さん こんなに長く続けているというのは驚きですよ。
あと克っちゃん(石原克哉)も長いですよね。
石原克哉
練習生からトップ契約を取り、その後はMFやFWとして活躍した選手です。
山梨県出身でヴァンフォーレから出ることなく、2001年から在籍して、現在(2016年)で16年目になるMr.ヴァンフォーレと呼ぶにふさわしい選手です。
サポサポ もっと年齢が上の選手がいるということもあるのかもしれないですね。
バウル(土屋征夫)さんとか盛田(盛田剛平)さんとか。
土屋征夫(ゆきお)
CBとして様々なチームで活躍した選手です。
1974年生まれで今年(2016年)で42歳になりましたが、現在も現役でスタメンでフル出場することも少なくありません。
バウルという愛称は、ブラジル留学をした時代に住んでいた町の名前から取られました。
(命名はヴェルディ川崎時代のチームメイトだったマグロンと言われています)
盛田剛平(こうへい)
FWやCBとして様々なチームでプレーをした選手です。
FWでデビュー後にCBにコンバートされましたが、ヴァンフォーレ甲府に加入後、途中でFWに再びコンバートされ、ゴールを決める活躍をしました。
1976年生まれ、今年(2016年)で40歳です。
自分でもラーメンを作ってしまうほどのラーメン通で、ラーメン師範とも呼ばれたりしています。一部ではサッカーが上手いラーメン屋と冗談で言われるほどです。
宇留野さん バウルさんはまだやれてますか。
サポサポ 試合に出るとすごいパフォーマンスですよ。
宇留野さん 魂でプレーしてるんでしょうね。
ひょっとしたらプレースタイルが今のサッカーに合っているのかもしれないですね。
体を張って止めに行く感じが。
大木監督
サポサポ 宇留野さんがヴァンフォーレに加入したときの監督は大木さんでしたね。
宇留野さん 大木さんは・・・やっぱり特別でしたね。
普通はメンバーから外されると「なんだよ」って思ってしまうんですが、大木さんだと仕方ないって思えるくらいでした。
僕の場合だとそういう風に感じさせてくれたのは大木さんだけでしたね。
サポサポ 太郎さんも「大木さんのために頑張る」という気持ちがあったと言っていました。
宇留野さん そういう風に思わせてくれる監督だったと思いますね。
徹さんもそうだったんですよ。監督ではなかったですけどね。
HondaFCにいた頃、技術とか走りとかフィジカルとかのいわゆるつまらない練習を、年上でスタメンの選手たちは手を抜いていたんですよ。それでもスタメンで使ってもらえるわけで。
でも、それが悔しいからって自分も手を抜いてしまってはいけないじゃないですか。
徹さんは個人の練習にとにかく付き合ってくれましたからね。
「徹さんがこれだけ練習に付き合ってくれてたんだから頑張らないと」って思わせてくれましたね。
そういうふうに思わせる指導者ってスゴイなって思いましたね。
サポサポ 長くやっていても、そういう指導者に会えるか分からないですよね。
宇留野さん そう思います。
JFLとJ1リーグ
サポサポ HondaFCからJ1へ、いわばJ2を飛ばして移籍したわけですが違いは感じましたか。
宇留野さん サッカーそのものというよりは、個々の能力や技術の部分で感じました。
例えば、今までドリブルで抜けていたところが抜けなくなっていたり、裏へ飛び出せたタイミングでカバーされていたり。
それに一試合の重みが違いますよね。これはJ1とJ2でも違いますが。
サポサポ 段階的に行くより、大きくギャップを感じたのではと思ってしまいますが、その辺りはどうだったんでしょうか。
宇留野さん あの頃はただ必死になってやっていただけなんで・・・環境を楽しむとかそういう余裕はなかったので、環境という面ではあまり感じませんでしたね。
なんとか試合に出ようということだけ考えていました。
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